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2012/12/22 Sat  23:21:14» E d i t
 » とある翁の話 
きょうは冷たい雨で3連休の初日というのも影響したのか、途中ぱたっと客足が途絶えてしまった。
かこちゃんは仕事で来られなかったので、後の3人でまったりとお喋りをしていたら、「見せてもらってもいいですか?」と、にこやかにお爺さんが入って来られた。
なんでもコリドー街での集まりがあって出てきたけれど早すぎてしまったのだとか。
奥さんに追い出されたって言ってらしたけど(^^;。
初めのうちは趣味で集めている美術品や、拾った落ち葉や貝殻などで作った造形などの写真を見せてくれて、「あー、こういう人よくいるよんだね」っていう感じだったのだけれど、そのうち色々と飛び出す昔話がとても面白かった。
しかも、流通の世界では明らかに日本を牽引してきた方のようだった。

戦争直後の話もあり、電車に乗っていたら普通の奥さんがアメリカ兵に追いかけられて助けを求めながら逃げて来たが、乗客は誰一人助けなかった。
その方がそのアメリカ兵に向かっていったそうだけれど、その時も誰も手を貸してくれなかったという。
敗戦直後だから、日本人は委縮していたのかもしれないが、それはそれで悲しい話。
そんなことがあって、その方はアメリカはどうも好きになれないという。

仕事で行っていた香港や中国の話から、「中国の人は腹の中では日本の男性が世界で一番嫌い。すぐに殴るからね。自分も兵隊の時は随分上官に殴られた。でも中国の男性は日本の女性が一番好き」という。
今でもそうなのかな?(^^;
大学は石原慎太郎さんの6年先輩だそうで、「支那と呼ぶのはやめろと石原に言ったら、チャイナと同じなんだからいいじゃないですかと言うので、相手が嫌がることをするのは良くないと言ってやった」そう。
民主党の誰それが同じことを言っても、中国に媚びやがってなんて反発を招くけれど、こういう中国の中に暮らしてその国の人の気持ちをわかっている人の口から言われると納得してしまう。

慰安婦のことも話していた。
日本軍は現地で強姦などをしないようにいわゆる女郎屋のようなのを常に連れて行っていた。
もちろんいいことを言われて騙された人もいるのかもしれないが、言われているような強制の従軍慰安婦はなかった。
それは当時現地に居た人ならみんな知っている。なんであんな話になっているんだろうと言っていた。

段々戦争体験者が居なくなっていき、生の声を聞く機会が失われていく。
いいことも悪いことも、右も左もないこういう体験者の本当の声は貴重。

夕方になってお客様がばたばたといらして、複数の方から「今回は猫の絵がないのね」と言われる。
私だけでなく、かもちゃんも以前はよく猫絵を描いていたのだけど、今回は2人ともゼロだった。
明日はたくさんいらしてくれるといいなぁ。


コメント
この記事へのコメント
お疲れ様です!
本当に当時の事を知っている人がどんどん
いなくなってきていますね!父はあまり体験が無いようで、その反対で母は特異な経験を倍以上しています!昔はそんな話しなかったのに、今になっていろいろ話し出しています!伝えて残していってほしいですね!
2012/12/23 Sun 16:43:49
URL | しおる #- Edit 
私の父は内地にいて上官にも気に入られていたらしくそんなに酷い話を聞いたことがなく…。
米兵が悪さをしたってのも地域によるのかもしれない。
母の方は満州に居たので国内とはまた事情が違っただろうけど、こちらもあまり話を聞いた記憶がない。
祖母から引き揚げ時の混乱の様子を聞いたことはある。
危うく叔母が残留孤児になるとこだったとか。
とにかく、こういう方の体験談は後世に残していって欲しいですよね。
2012/12/24 Mon 09:22:46
URL | ミケ #Pe0og0Jg Edit 
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