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2014/06/28 Sat  15:10:08» E d i t
 » 『密謀』藤沢周平 

大河ドラマ「天地人」からの流れで読んでみた。
人物の名前がとにかくたくさん出てくるので、歴史に疎い私は何度も後戻りして確認したりもしたけれど、上杉方に感情移入していくに連れてハラハラドキドキでどんどん読み進んだ。
兼続に仕える草(忍び)たちには創作の人物を登場させることで、話としての面白さが増している。

さて、会津征伐で東下していた家康の大軍が三成らの挙兵を知って引き返した折、兼続は追撃をすべきだと景勝に進言するが、景勝はそれを退ける。

「内府が江戸に退くというなら、われもまた会津に帰るのみ。敵の弱みにつけこんで追撃をかけるのは上杉の作法ではない。それに、上杉にはまだやるべきことがある。そのことを忘れたか」

謙信の強い影響を感じるところだが、西軍が敗れた場合徳川軍を迎え撃つために山形まで領土を広げておきたかったからだとも言われている。
西軍がああもあっさり敗れるとは予想していなかっただろうし、最上はやらざるを得ない状況だったとことを考えると、そのあたりが何故徳川を追撃しなかったかの答えとしてはしっくりくる感じ。

しかし関ヶ原での西軍敗戦の報がもたらされ、兼続は撤退戦を余儀なくされる。
そしてその後をどうするかについても、兼続は
「坐して滅びを待つよりは、出てて決戦を挑むにしかずです」
と徳川と戦う姿勢をみせるが、景勝はもう天下の大勢は決まったことを指摘し、
「武者は恥辱にまみれても、家を残さねばならぬことがある。いまがその時ぞ」
とたしなめ、上杉は徳川に降りることになる。

景勝と兼続は上洛して出羽米沢30万石藩主として減移封される沙汰を受けるが、「戦国の世からつづいた、上杉の長い戦が、その日に終わったのである。」と小説は締められている。
その歴史的事実への導入として草の村ののんびりとした平和な様子が描かれているのだが、それまでは張り詰めた空気を常に漂わせていた草の村にそんなのどかな時間が訪れたことに救われた思いがした。

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