space彩
09 « 2017 / 10 » 11
 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.
2015/01/25 Sun  11:25:49» E d i t

秀吉の小田原城攻めの際、三成は既に豊臣政権の中枢を担っていたが、周囲からの武将としての評判は芳しくなかった。
そのため、秀吉は三成に「手柄を立ててこい」と館林城、忍城城攻めを命じる。
あっという間に館林城を落とした三成だったが、圧倒的に勝る兵力でありながら忍城を落とすことが出来ない。
秀吉の真似をした水攻めで、堤が決壊して自身も危うく水死しそうになった上に、農民たちの反感を買うことになる。
小田原城に立て籠もった忍城の城主・成田氏長に代わって城代として成田長親がわずか3000人の兵を率いて、何万もの豊臣軍の攻撃に耐え、結局は小田原城落城後にようやく開城することとなる。

三成は後に、竹中半兵衛や黒田官兵衛に対する秀吉の妬心や警戒心を感じることから、むしろ自分はこの戦いがうまく行かなくてよかったのではないかと考える。
また、美しい忍城の様子からそこで繰り広げられた血を血で洗うような戦との剥離観を覚える。
だからこそ余計に蓮沼に浮かぶ忍城はキラキラと美しく三成の目に映ったに違いない。

じゃじゃ馬で兵士の先頭に立って戦う甲斐姫が、真田幸村を見たとたん恋に落ちてしまうというシーンがある。
後に美貌の甲斐姫は秀吉の側室となり、大阪落城の時に幸村と再会することになるという中々のサブストーリーもちょこっと(笑)。
甲斐姫が実在したかどうかについては定かではないらしいが、この小説の中では重要な登場人物となっている。


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://spaceaya.blog39.fc2.com/tb.php/2276-3c1ee1f5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック