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2015/02/22 Sun  16:32:47» E d i t
 » 『風の外側』 

2007年 映画 奥田瑛二監督
オペラ歌手になるのが夢でレッスンに励む高校生の真理子(安藤サクラ)は、絡まれたチンピラのせいで大事な楽譜を海に落としてなくなった償いに兄貴分にあたる在日朝鮮人三世でチンピラの聖文(佐々木崇雄)に下校時のボディガードを頼む。
名前も名乗らない聖文だったが、いつしか2人は恋心を抱くようになる。
だが、聖文が慕うヤクザの田丸(北村一輝)からヤクを扱うように命令され、しかも組への口利きを仄めかしその手始めに殺しを依頼される。
そのターゲットが利権をめぐる抗争相手の真理子の父親。
結局聖文は渡された銃を母親に海に捨てられて刃物で刺すも、そもそも聖文の母親と真理子の父親が昔曰くありな関係だったようで、真理子の父親は事前に危機を知らされていたために酷いことにならずに済む。

奥田監督によると、舞台の下関は在日が多くコミュニティも残っていて、真理子と聖文のように明確に「勝ち組」と「負け組」が存在するのだという。
夢を持てない「負け組」である聖文の痛みがその生き様からしてリアルなものであるとてして、真理子が通うお嬢様学校の合唱部が出場するコンクールのソロを外された時に、教師に「外されたのは私が在日だからですか?」と問うのだが、それは教師も与り知らぬこと。
結局のところ、教師に諭されたように、ソロを外された理由に納得した真理子は皆と調和してコンクールに臨もうと合唱部に戻る。
自首した聖文にとって、「待っているから」という真理子の存在そのものが彼の希望になるのだろう。

さて、北村ファン的見どころ。
聖文が自首をしに行く途中、正面に現れた田丸が彼に銃口を向けるが引き金を引くことができない。
この数秒の田丸の慈しみも含んだような今にも泣きそうにつらそうに彼を見据える表情が凄くいい。
「皆月」のアキラの自首シーンの表情を彷彿とさせる。
あとは、聖文とイイオトコが2人でソフトクリームを食べるシーンが2回もあるってのと、特典映像の下関の方言のイントネーションで相当に苦労されていたのが面白かった。


『狂った果実』1956年映画
先日2002年版を見た時に、元のがどんなだったのかと思い、借りてみた。
兄の夏久役の石原裕次郎は後年とイメージが変わらないのだけれど、弟・春次役の津川雅彦が面長で美青年なのにはびっくり。
映画は、弟の春次がボートに乗って兄と恵梨のヨットを必死の形相で探しているところから始まる。
いわゆる太陽族と呼ばれた若者の群像劇という要素が強く、兄弟の父母はあまり出てこない。
2002年版では結構父母との関係が描かれていた分、ラストシーンから母親の悲しみにまで思いが及んでしまって、かえってその結末の強烈さが薄まってしまった感じがした。

1956年版では、夏久の恵梨に対しての思いもずっと強い。
それだけに春次の怒りというものも強調され、冒頭のシーンへ自然に繋がっていく。
春次は2人の乗ったヨットをみつけて何度も何度も周囲を回るが、それがとても不気味。
恵利は春次の方に行こうとして海に飛び込むが、春次のボートはその恵利に突っ込み、そのままヨットの夏久にも衝突し、海の彼方へと疾走していく。
後にはヨットの残骸が波に漂う。

恵利役は、やはり北原三枝さんの方が大人っぽくてスタイルも良くて素敵だったかな。
兄弟役は2002年版の北村一輝と小泉孝太郎もハマっていたとは思う。

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