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2015/07/11 Sat  14:08:54» E d i t
 » 『関ヶ原』司馬遼太郎 

上中下の3巻。
秀吉と三成との出会いから、大名に取り立てられた三成がどうしても島左近を召し抱えたくて自分の知行の半分の一万五千石を与えたという話から始まる。
三成を中心とした群像劇だが、特に島左近や大谷刑部が格別にカッコよく描かれている。
関ヶ原に至るまでの有名なエピソードは漏れなく入っている感じだろうか?

巻末の解説で小山評定について、「秀頼様の天下の治安をたもつために反乱者である上杉景勝を討つ」という名分で引きつれてきた諸将を、一転して、秀頼を擁する石田三成を討つ作戦に従事させるという決定的会議、つまり公的な立場で集めた軍隊を「一挙に私兵にしてしまう」会議であったと書かれている。
それは家康だからこそできたことでもあるのだろうし、やはり時代の潮流だったのだろうと思う。

関ヶ原で敗れた三成は、生きてさえいれば源頼朝のようなこともあることを思って生き延びる道を選ぶ。
三成に恩義を感じている百姓が妻とも離縁し、村にも迷惑がからぬように自分一人で三成を助けようとする。
全てが「利」であった関ヶ原、「義」のための三成の戦いも「利」のためと見られることを嫌い、三成はこの百姓が自分をかくまったために被る不幸を見捨てて逃げることができなかった。
晩年の秀吉にはもはや世を担っていく魅力がなかった、と如水は振り返る。
著者は、その如水の口を借りて三成のことを「あの男は、成功した」と語っている。
三成の一挙は、秀吉にとってなによりもの馳走になったであろう。
豊臣家が滅ぶのは時間の問題だった、だが秀吉の寵臣が裏切れば秀吉のみじめさは救いがたい、その点では十分に成功した、と。


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